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世界的なトレイルランナー、ハル・コーナーと森のなかへ

, 2012/05/07

ここオレゴン・ポートランドには、ニューヨークのアグレッシヴな空気や、LAやサンフランシスコの華やぎとはあきらかに異なるムードが漂う。この土地から感じられるのは、都会の喧噪や刺激とワイルドライフ、その双方を軽やかに肯定しながらモダンなライフスタイルを追求しようとする精神だ。この地で多くのランナーと出会い、さまざまな走りのスタイルを知るうちに、彼らのそんな気質に気づくことができた。僕らは当初、急激に競技人口を増やすトレイルランニングの最前線でなにが起こっているかを探りに、ここオレゴンを旅先に選んだ。山野を駆ける過酷なレースに挑むランナーたち。彼らがどれほどストイックなライフスタイルを送っているのかに興味もあった。しかし、旅の歩を進めていくうちに見えてきたのは、競技という枠組みを超えたトレイルというアクションの奥深さ。人生をよりエンジョイするためには欠かせない「山のなかを走って、感じる」という時間の使い方だった。

まずはオレゴン州最大の都市・ポートランドをパスし、車で約5時間30分かけ、州南部の街・アシュランドを目指す。世界的なトレイルランナー、ハル・コーナーに会うためだ。ハルはこの人口約20,000人の小さな街でランナーズショップを経営しながら、日々トレーニングに励む。彼は「ウエスタンステイツ100」「エンジェルスクレスト100」といった数々の国際トレイルレースで複数回優勝。これまで出場した90回以上のウルトラマラソン(42.195km以上の距離を走るレースの総称)のうち、じつに7割以上のレースでトップ3に入賞する快挙を成し遂げたランナーだ。僕らはオレゴンとトレイルの密接な関わりを少しでも知るため、ハルとともにアシュランドの街を散策し、会話し、そして走った。
「僕は10歳のころから父と一緒に走ってた。生まれ育ったコロラドには高い山が多くて、夢中で走っているうちにトレイルの虜になったんだ。もちろん小さいころからトラックで走るという経験も積んでいた。でも、固い道を走るのがどうもしっくりこなかった。だからいままでずっと、僕はロードよりトレイルのほうが好きなんだ」。

小さいころから山を駆け、限界に挑戦する楽しさを知った後は、自然とトレイルレースに参加するようになる。レースを始めてすぐにその才能を開花させたハルはアスリート生活のかたわら、シアトルのランナーズショップで働くようになった。ところがほどなく、ここオレゴンへの移住を決意することになる。
「どうしてもシアトルの生活にはなじめなかったんだ。もちろん美しくて豊かな街さ。でも僕が走りたいようなコースへ毎日行くというのがなかなか難しかった。それに街中を走っても車や人ごみを気にしなくちゃならない。ランナーズショップもひしめきあってて経済の競争に巻きこまれるのも嫌だった。だから7年前、オレゴンに移ることに決めたんだ。ポートランドも大好きだけど、ここアシュランドに決めたのは雨が少ないから。ここは1年で約300日も晴れるっていう場所なんだ。人口も少ないから人も車も気にしないで思いきり走れる(笑)。おかげで気分が乗ると週に250kmくらいは走ってるよ。ちょっと山に入れば10〜150kmくらいまでトレイルコースのバリエーションも豊富だ。勾配も多いから10kmもトレイルすればいつの間にか500m以上ものギャップをアップダウンすることになる。気軽に走りたいならリシアパークっていう森林公園も目の前だからトレイル好きには最高だよ」。

そう言いながら山に入るとハルの目は一気に輝いた。大木が寝転び背の高い草が生い茂る道なき急坂を驚くほどのスピードで駆けあがり、跳ねる。まるで山野でダンスを楽しむ野生動物のようだ。切り株に腰かけ、ひと息つくハルが、また静かに話し始める。
「この土を踏む感触が最高なんだ。傾斜に合わせて走るうちに自分のなかで自然とリズムが生まれる感じもいい。舗装道路を走るランを否定するわけじゃないけど、マラソンとトレイルでは走り方もまったく違うし、ランナーとしての人種さえ違うと言っていい。もちろん、トレイルレースのときにはタイムやペースを上げることに集中する。だけどレース中でさえ、周囲の自然を味わい、光や空気を体に取りこむことを楽しむ。森のなかをすごいスピードで走っていても、その季節の木々が発散する緑のにおいを感じている。この喜びはトラックの上では味わえないはずさ。もともとトレイルはアンチマラソンの思想から生まれた。60年代から各地の若者が集まってヒッピー的な思想が根づいたオレゴンでトレイルの人気が高いのもなんとなく納得がいくよ。この土地にはカウンターカルチャーに対する人一倍の情熱のようなものがある。トレイルも一種のカウンターパワーだったわけだし、それだけクールなものなんだと思う」。

とはいえ、トレイルが過酷なスポーツだということをハルも否定しない。ときに「肺をパンクさせ、足を壊す」と形容されるほどの競技であるトレイルと本気で向きあうには相応の覚悟が必要だと彼は言う。山岳でのトレーニング中には何度も足首に深刻なケガを負い、数メートルの崖から落ちてしまったことさえある。「ウエスタンステイツ100」のレース中にはコース上に現れた巨大な熊におののきながら走り、「ベア100」というレースの最中には周囲を取り囲んだピューマを威嚇しながら走るという経験もした。十数時間、深い山を駆けつづけるということは、まさに異世界へのトリップにほかならない。
「トレイルをしていると、こんな急な坂をどう乗りきろうとか、あの水辺をどうパスしていこうといった困難な場面によく出くわす。でもそんなときに顔を歪めて悩んでもいい答えは出てこないんだ。僕は決まって、エンジョイしようと心がける。そうすると不思議なもので、クリエイティヴな発想が頭のなかに芽生えてくるんだ。こういう自分の内面との対話もトレイルの楽しい部分だよ」。

山での対話を終え、僕らは街に降りた。お腹が空いたというハルが、お気に入りのレストランへ連れていってくれるという。店では彼が率先して、新鮮なオーガニック野菜とジューシーなビーフ、地ビールを注文してくれた。アスリートにしてはちょっと意外なチョイスだ。
「オレゴンの人間は住環境だけじゃなく食にもうるさい。この州には全米中でもナンバーワンといえるほどのおいしい料理、ビールが豊富にそろってる。食事を心底エンジョイするっていうこの土地のムードも気に入ってるんだ。それにオレゴンのレストランやバーには地産地消って考えが根強い。おいしいものを積極的に食べることが地元の農場や牧場、ブルワリーを潤すってみんなわかってるんだよ」。

壮大な自然のなかでのアクティビティを楽しむだけでなく、都市でのスタイリッシュなライフスタイルをも追求するオレゴンの住人。おいしいからといって世界中の食物を街に集めるのではなく、地産地消を目指し、あらゆる意味でサステナブルなフードカルチャーを育もうとする市民の気質。住人のモダンなバランス感覚にハルも強い共感を覚えているという。

別れ際、彼に、人里離れた山奥で暮らしたいという欲求はないのかと訊いてみた。答えはノー、だった。
「僕の場合、トレイルするってことはたしかに、森や山のなかで“revive(=蘇生)”するっていう意味が大きい。でもずっと山のなかにいつづけても僕の生きるっていうモチベーションは高まらない。街へ戻って周囲のすぐれたランナーに出会ったり、さまざまな人々の生き方に触れたりすることで、僕のなかの創造性が刺激されるんだ。人間は植物のスタイルを真似て生きることなんてできない。やっぱりインスパイアされるのは人間のおこないなんだ。だから人の集まる場所と自然との距離というものが重要になってくる。そういう意味で、オレゴンという土地の人々が好む“絶妙の距離感”を、僕もとても気に入っているんだ」。
ハル・コーナー|Hal Koerner|トレイル・ランナー
1976年1月23日アメリカ生まれ。10歳のころからトレイルランを開始して以降、「ウエスタンステイツ100」「エンジェルクレスト100」「USATF50」など数々のレースで優勝。現在は競技を続けながら数々のレースもプロデュース。オレゴン・アシュランドでランナーズショップを経営する。THE NORTH FACE契約ランナー。www.roguevalleyrunners.com

Oregon is a Western US town very different than its neighbors to the South (LA & San Francisco) and North (Seattle). In Oregon people have realized what is for many an idealistic lifestyle- a place where individuals are inspired and energized by both nature and the city. This unique mentality has turned Oregon into a mecca for Trial Running; a hybrid sport that blends running with nature. To give us an inside look into Trail Running and Oregon we hit the trails with Ultra Runner Hal Koerner. Hal has been named one of the top 10 ultra-runners in the US for the past seven years.

Papersky No.38
Oregon Into the Forest Green Trailもっと深く、緑のなかへ
オレゴンのランナーたちと紡ぐトレイルラン・ストーリー

2012年4月30日発売
オンラインで雑誌を購入: fujisan, Amazon
デジタル版を購入: fujisan

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name
ポートランド
place
アメリカ、オレゴン州
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