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HITOTZUKIが描いたメモリアルウォール

, 2010/05/24

初日がいちばん寒かった。屋外でKamiとSasuが準備するのを見ていると、上着のなかで身体が縮こまった。このふたりのアーティストは今日、渋谷の裏通りにある古民家の塀にペイントをする。塀に面した小道には、ペンキの缶、刷毛や筆、塗装用ローラー、紙袋が転がっている…。

Kamiは10年ほど前から壁画を描いてきた。Sasuもだいたい同じ頃から描いている。「僕らはグラフィティ・アーティストじゃない。壁画を描いているんだ」とKamiは言う。いまも昔も変わらずペイントし続けているふたりだが、いまは結婚し、息子がひとりいる。そしてHitotzuki(ヒトツキ/日と月)という共同名義で活動中だ。彼らは日本のストリートアートシーンから生まれた、もっとも成功しているアーティストである。

今回、彼らが描いている塀は、戦後まもなく立てられた木造の日本家屋。ここはルーカスB.B.とパートナーの櫻井香織の自宅兼オフィス。彼らは15年前から日本で雑誌をつくり、「ニーハイメディア」を運営し、『TOKION』『PAPERSKY』『mammoth』『planted』といったメディアをつくってきた。今年、ニーハイメディアが創業15周年とむかえるということで、この節目の年を記念して、KamiとSasuに塀のペイントを依頼した。

KamiとSasuがこの塀をペイントするのは、頼まれたからというだけでなく、描くのに絶好のスペースだからである。「Kamiはこんな感じの壁をずっと探していたんじゃないかな」ペンキを混ぜ始めたKamiのとなりでルーカスが言う。黒いペンキがプラスチック製のバッドに注がれ、薄められ、「秘密の処方箋」を加えて混ぜられる。Kamiはローラーを持って、黒いペンキをいきなり壁に塗り出した。グラフィティや壁画を描くときはたいてい、背景となる壁一面にペンキを塗ることから始める。しかしKamiはこの塀の風合いが気に入ったため、今回は下塗りをしないことにした。塀についた苔や昔の落書きをそのままにして、塀の上に直接、特徴的な黒いうねるようなラインを描き始める。

Kamiが準備している様子は、実際のペイント作業よりも面白い。それぞれの線の理想的な大きさや動きを頭に描き、首をかしげてはローラーの動きを彷彿させる動作で空になにかを描き出す。

2日目も同様の作業が進められたが、だんだん壁画の全体像が見えてきた。この日からSasuも作業に加わった。彼女のやり方はKamiと似ているが、描くものはまったく違う。まだ花をつけていない桜の木の下で、Sasuは塀の上に同系色をストライプ状に塗っていく。そして彼女のスタイルである幾何学模様の花ができあがる。3日目、Kamiの作業はほとんど終わった。黒い曲線は塀を越え、家の壁へと続いている。彼が描きたかったのは動きである。「スケートボーディングとペインティングはよく似てるんだ」Kamiは愛するスケートボードを引き合いに出して言う。「動きとラインが大切なところがね」。彼が描いた壁画に心を奪われ、買い物中のおばあさんたちが立ち止まる。子どもたちは黙って、塀の上にうねる模様をじっと見つめる。保育園帰りに立ち寄ったKamiとSasuの小さな息子も、模様に目を輝かせた。

「毎日どんな生活をしているの?」と聞くと、Sasuはこう答えた。「この子が保育園にいる間に、壁画のプロジェクトをしている。夜は普通に夕飯の支度をしたり、TVを観たりもするし…。好きな格闘技とかを観て、次の作品のアイデアや方向性が決まったりすることもあるんです。あとはいろんな人に会ったり…。そんなシンプルな暮らしが仕事のインスピレーションになるの」。日々の何気ない暮らしを大切にして、好奇心を忘れない。彼らが壁画と交わす不思議な会話から、そんな暮らしぶりが伝わってくる。毎日小さなインスピレーションの波が訪れ、そのたびに描くものが少しずつ変わる。けれど彼らの作業は直線的には進まず、思いがけない形で変化する。ラインが現れては消え、模様は描き替えられて洗練を深める。「長い間ひとつのことに取り組んでいると、年月が経てば経つほど、前にはわからなかったことがわかるようになると思う」ルーカスが雑誌づくりについて言ったことは、KamiとSasuの仕事にも当てはまる。どちらの仕事にも細部への目配り、職人としての自負心が必要だ。ルーカスはKamiの作品には「品がある」と言う。「日本には『品』という言葉があって、それはよい方向に洗練されているものやふるまいに対して使われる言葉。『品』というものは洗練された感覚のもとで、丁寧に心を込めて仕上げられたものに宿るものだと思う」洗練された作品を目指すことは、短時間で一気に描きあげる一般的な壁画のスタイル(もしくは大急ぎで描き終えるグラフィティのスタイル)とは確かに異なるものだ。

ニーハイメディアとHitotzukiは、どちらもゆっくりと歩んできた。1990年代半ばにルーカスが東京の新しい文化を世界に向けて発信する雑誌を作り始めた頃、KamiやSasuも東京で活動をスタートし、彼らもまた東京だけでなく、米国や世界各国のアーティストとともに活動をはじめている。いまでもそのときと変わらない気持ちで仕事に取り組んでいる彼らだが、両者に共通するなによりも優れた特徴は心に壁がないことである。彼らは特定の人々のためだけの仕事はしない。住む場所や人種を越えて、さまざまなタイプの人間と分け隔てなく対話する。

最終日、棟を並べるマンションの後ろに沈む夕日のなかで、Kamiは息子を抱きながら、Sasu、ルーカス、香織と一緒に壁画をながめた。ラインはまるで10年、20年前からそこにあり、家の壁から自然につながっているように見える。Sasuが描いた幾何学模様は、もうすぐ咲く桜の花にぴったりの色に塗られている。ニーハイメディアが歩んできた15年を記念するのにふさわしいデザインだ。私たちがその場を去ろうとしたとき、Kamiが気になる部分を見つけた。10メートルほどの塀をまるまる5日もかけてペイントしたというのに、もう1日作業がしたいと言う。「ちょっとだけ、やり残したところが見つかったからね」。

HITOTZUKI » www.hitotzuki.com

動画 » HITOTZUKI KAMI&SASU
thanks mediadefrag.

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